東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8912号 判決 1966年7月09日
原告 鈴木昭二
右訴訟代理人弁護士 隈元孝道
被告 東京西部建設労働組合
右代表者執行委員長 明石亀太郎
右訴訟代理人弁護士 萩沢清彦
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
原告訴訟代理人は「被告と原告との間に雇傭関係が存続することを確認する。被告は原告に対し、昭和三八年四月以降毎月末日限り金二万六千円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二、請求原因
一、被告西部建設労働組合(以下「被告組合」という。)は、大工、鳶、左官等建設職人の親方、職人、弟子で組織されている労働組合であり、原告は昭和三七年六月二八日被告組合に雇われ、書記として勤務していたものである。
二、被告組合は、昭和三八年三月二七日原告に対し、解雇の意思表示をした。
三、しかし、右解雇の意思表示は、次の理由により無効である。
(一) 被告組合の就業規則である書記局規定(昭和三八年一月一日施行)第七条には、「書記が左の各号の一に該当するときは解雇する。一、心身の障害その他により職務の遂行に支障があるとき、二、故意に反組合的行為を行い組合に大きな損害を与えたとき、三、組合の運営上やむを得ない理由が発生したとき」と、同第三条には、「書記の任免は、執行委員会の決定により書記長が行う」と規定されているところ、原告には第七条各号のいずれにも該当するような事実はなく、また本件解雇は書記長が単独で第三条の執行委員会の決定を経ないでしたものである。
(二) 仮りに右主張が理由がないとしても、たとえ原告に無断欠勤等些少の服務規律に違反した事由があったとしても、これに対する懲戒は、たとえば戒告、減給、昇給停止、賞与の減額、出勤停止等その秩序違反の態様程度に相応する最少限度の合理的な制裁の方法によるべきであって、労働者の生活権を奪う解雇によるべきでなく、また本件解雇は書記長が、被告組合の業務運営の適正を期すべく組合事務に対し批判的であった原告に対する報復としてしたいわゆる不当な目的を達成するためにしたものであるから、いずれにしても本件解雇は解雇権の濫用となる。
四、被告組合においては、賃金は前月二一日から当月二〇日までの分を当月二五日に支払うことになっており、昭和三八年一ないし三月の原告の基本給の月平均額は二六、〇〇〇円であるところ、被告組合は昭和三八年三月二一日以降の賃金を支払わない。
五、よって、原告は、被告組合との間に雇用関係が存続することの確認を求めるとともに、昭和三八年四月以降毎月末日限り二六、〇〇〇円の賃金の支払を求めるために本訴に及ぶ。
第三、請求原因に対する答弁
一、請求原因一の事実は、被告組合が建設産業等で働く労働者をもって組織する労働組合であること、被告組合が原告を書記として雇い入れたこと(但し日時は六月二九日)、は認めるが、その余は争う。
二、同二の事実は認める。
三、(一) 同三、(一)の事実は否認する。被告組合には書記局規定はなく、書記局の統轄は被告組合の規約により書記長が行ない、書記の雇入れ、解雇等の人事も被告代表者である執行委員長の委任により書記長が行なっている。
(二) 同(二)の事実は争う。解雇は、後述のように正当の事由に基づくものであって、解雇権の濫用に当るものではない。
四、同四の事実のうち、原告が毎月二五日に平均二六、〇〇〇円の賃金を受けとっていたことは認めるが、給与の支払方法は、前月二六日から当月二五日までの分を当月二五日に支払う定めであった。
第四、被告の主張
一、原告には次のような雇用関係を継続しがたいようなやむを得ない事由があったので、解雇したもので、本件解雇は何ら解雇権の濫用として無効となるものではない。
(一) 原告は、他の職員に比して欠勤、遅刻が多く、又残業、休日出勤を命じられても応じることが少なかった。
(二) 原告は、業務に極めて不熱心であったばかりでなく、つねに上司、同僚の悪口をいい、そのため業務の妨げとなることが多かった。
(三) 昭和三八年三月一二日無断で欠勤したので書記長が、これを戒めて注意したにも拘らず、三月二三、二五、二六日と無届で欠勤を繰返した。
二、被告は、原告に対し三月二七日に三月二五日迄の賃金の支払を済ませ、解雇言渡に際し、一ヵ月の賃金二六、〇〇〇円を予告手当として支給したが、同人はその受領を拒んだので同人宛直ちに送付した。
第五、被告の主張に対する原告の認否および反論
一、(一) 被告主張一(一)の事実は争う。原告の勤務中(昭和三七年六月二八日から同三八年三月二六日まで)欠勤日数が一番多いのは串田書記の三四日であり、原告は一四日である。
(二) 同(二)の事実は争う。被告組合が業としている健康保険、税の申告代行、書記の所得税、一般健康保険、失業保険料の納入事務に関し著しい不正があったことにつき、原告が批判的であったというのが真実である。
(三) 同(三)の事実は争う。ただし、被告主張の日に欠勤したことは認める。三月一二日は転居のため、同月二三、二五日は腹痛のため、同月二六日は通勤バスのストライキのため午前中の通勤の見込がたたなかったためであるが、各欠勤の理由はすべて連絡済である。
二、同二の事実のうち、二六、〇〇〇円の送付を受け、右金員を受領したことは認めるが、解雇の時予告手当として二六、〇〇〇円の提供があった事実は否認する。
第六、原告の反論に対する被告の認否、主張
一、原告の反論一(一)記載の事実中、串田の欠勤が多かったことは認めるが、それは同人の病気によるものである。
二、同(二)の事実は争う。被告組合は、雇用別労働組合ではなく、大工、左官、鳶職等の独立業種の労働者を多く組合員としているため、その活動も所得税、区民税の軽減などのいわゆる世話役的活動が多く、組合員の相談に応ずることも多いのであるが、申告代行を業としているのではない。これらの相談も法の許容する範囲内で行なっているのであって、被告組合のような労働組合の業務としては正当なものである。
三、同(三)の事実は争う。仮りに届出があったとしても、被告の業務の繁忙をも顧みず欠勤するという原告の平常の勤務態度がよくうかがわれるところである。
第七、証拠≪省略≫
理由
一、被告組合が建設産業に働く労働者で組織された労働組合であること、原告が書記として雇い入れられたこと、昭和三八年三月二七日原告に対し解雇の意思表示がなされたことは、当事者間に争いがない。
二、原告は右解雇の効力を争うので、以下順次検討する。
(一) 書記局規定違反の主張について
原告は被告組合には書記局規定と称する就業規則があると主張し、証人秋庭洋子の証言中には、被告組合書記長須田進吾が書記の秋庭洋子に対し甲第七号証の全建総連書記局規定(案)と同一のものを被告組合の書記局規定とするから、これに基づいて事務をとるように指示されたので、実際にこれに従って事務をとっていた旨の供述があり、また、原告本人尋問の結果中にも、昭和三八年三月一二日頃書記長が原告に対し、右規定案を被告組合三役会議を経て書記局規定とする旨決定したので同月から施行すると述べ、現に給与の点は一月にさかのぼり、その他の部分は同月から実施されていた旨の供述があるが、次に述べるところにより、右各供述はにわかに信用することができない。すなわち、証人秋庭は、就業時間・時間外手当・給与が、原告本人は時間外手当・給与が各右書記局規定に従っていた旨それぞれ供述するが、前掲甲第七号証の記載によると、時間外手当は二二時まで一〇〇円と夕食代一〇〇円、二二時以降二四時まで二〇〇円と夕食代一〇〇円と規定されているところ、現実に支給されたのは右秋庭の証言によれば一五〇円であり、原告本人の供述によれば一九時までは一五〇円、一九時以降二〇〇円となっており右規定と一致せず、しかも給与についてみても、右証人秋庭は同人の二四才の時における基本給は一七、〇〇〇円、原告は同人の三〇才の時(解雇時)のそれは二六、〇〇〇円(当事者間に争いがない。)であるとそれぞれ供述するが、右甲第七号証の別表によれば、右基本給は二四才の女子が一四、二一六円、三〇才の男子が二三、〇〇〇円であると規定されているから、この点もまた一致しない。
しかして他に書記局規定の存した事実を認めるべき証拠はないから、同規定の存在を前提とする原告の主張は理由がない。
(二) 解雇権濫用の主張
1、原告は本件解雇は解雇権の濫用として無効であると主張し、被告は原告には雇用関係を継続しがたいようなやむを得ない事由があったと主張するので、まず被告主張の事由について判断する。
(1) 被告は原告は他の書記に比較して欠勤遅刻が多く、残業・休日出勤を命じられてもなかなかこれに応じなかった旨主張する。
(イ) 成立に争いのない乙第二号証によれば、原告は昭和三八年二月中、四、一八、二三日と三回欠勤していることが認められ、同年三月中、一二、二三、二五、二六日と四回欠勤したことは当事者に争いがないから、原告は二月から三月にかけて七回欠勤したことになる。ところで乙第二号証によれば、同じ二月から三月にかけて原告が解雇されるまでの間、被告組合の書記長須田進吾、書記稲津英五郎、青山静包、田中美恵子、黒部由美子は各一回、同秋庭洋子は二回、同串田伸次は六回欠勤していること、また二月中原告ひとり一回遅刻していることが認められる。右認定によれば、原告は他の書記に比較して欠勤が多いといわなければならないが、証人須田の証言、原告本人尋問の結果によれば、三月一二日は引越しのため、同月二三、二五、二六日の欠勤は病気または私鉄ストに因るものであってやむを得ないものであり、しかもこれらの欠勤については事前または事後にその都度書記局に届け出ていることが認められるから、原告の三月中の欠勤を解雇の理由とすることは無理であり、また二月中の欠勤、遅刻だけでは特別の事情がない限り解雇すべき必要があったとは到底いうことができず、他に原告が遅刻、欠勤した事実についての証明はない。
(ロ) 証人須田進吾、稲津英五郎の証言によれば、原告は残業、休日出勤を命じられてもしばしばこれに応じなかったことが認められるが、被告組合書記局には労働基準法が適用されるところ(同法第八条第一七号、同法施行規則第一条参照)、原告が残業、休日出勤すべき根拠についてはこれを認めるべき証拠はないから、残業、休日出勤命令拒否を理由に原告を解雇することは許されないというべきである。
(2) 次に被告は原告は業務の妨げとなることが多かったと主張する。
≪証拠省略≫によれば、当時書記局は八名の書記が一室で事務をとっており、原告は、東京土建産業組合より本当の労働運動をやりたいといって被告組合に移ってきたのに、一応勤務時間は守っていたが、積極的に仕事をするようなことはないばかりでなく、同僚の書記串田が労災保険に関する事務をとっていると他の書記に対し、「あれは低能だから間違いばかりしている」とか、書記長の須田や書記の稲津については「ああいうやつらは労働運動をやるなんて人生の敗残者だ」などと同僚の悪口をいい、組合大会で決定した納税申告に関する取決めにも従わないのみならず、納税等に関する組合事務が繁忙で全員協力してこれを消化すべき時期においても「他人の税金を安くするために残業なんかできるか」といって帰り、また機関紙の発送等全員でやるべき仕事にも協力しなかったこと、書記局の同僚も余り原告に近づかなかったことが認められる。
ところで原告本人尋問の結果によると、原告は被告のなしている納税事務は均等申告および申告手続の面において違法である旨批判していたことが認められるが、右納税事務が違法かどうかこれを判断すべき証拠資料はない。
してみれば右認定のような原告の言動は、右認定のような比較的少人数の被告組合書記局においては業務遂行上重大な障害となるものというべきである。
2、以上のとおりであるから、被告組合が、原告の言動を理由にこれを解雇したのは相当であって、原告の解雇権濫用の主張は理由がない。
三、従って、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高山晨 田中康久 裁判長裁判官吉田良正は転勤につき署名押印できない。裁判官 高山晨)